未空うるし工芸

未空うるし工芸

MISOLA japan art and crafts

未空うるし工芸は
豊かな森林、澄んだ空気に包まれた信州の真ん中に位置し
古より漆工町として栄えてきた
「塩尻市木曽平沢」に工房を構えている工房です。

木曽平沢から「URUSHI」の新たな可能性を追及

古来より中山道を行き交う旅人に漆製品を販売しながら、一大漆器産地として発展してきました。そんな日本の伝統織りなす産地で、伝統工芸士であり、一級技能士である父に師事し、昔ながらの伝統的技法を大切に守り続けながら、世の中の生活様式に合わせた新しい物づくりに挑戦している小さな工房です。

漆商品

漆商品一覧

木曽漆器の3つの伝統技法

1. 木曽堆朱(きそついしゅ)

木曽堆朱は、木曽漆器の代表的な塗技法であり、まずたっぷりと漆を含ませたタンポを使って「型置(模様づけ)」を行います。型置された凹凸のできた面に彩漆を何度も塗り重ねていきます。(通常12回~18回)
表面が平らになったら、水ペーパーと砥石で塗面を研磨すると木の年輪に似た独特の模様が表れ、伝統的な木曽堆朱塗となります。現在では色彩も沢山あり、様々な木曽堆朱塗があります。

2. 木曽春慶塗(きそしゅんけいぬり)

自然乾燥された原木(針葉樹)をヘギ包丁などを使って柾目(まさめ)に裂いたヘギ板で木地をつくり、薄紅色の彩漆で色づけした後、生漆を何度も摺り込みます。そして、最後に透明度の高い春慶漆を塗って仕上げます。
木曽春慶塗は木地のもつ柾目の美しさが際立つ基礎の代表的な塗技法のひとつです。

3. 呂色塗り分け塗(ろいろぬりわけぬり)

砥石を使って錆研ぎを行い木曽地域では「ジヌリ・ナカヌリ」と呼ぶ独特の中塗りを施した後、多種の精製彩漆を用いて塗り分け作業を行います。塗り分け作業を行った後、コキ研ぎをして、上塗りをして乾燥後、やわらかな木炭の粉末で磨き、さらに鹿の角の粉末に菜種油と砥の粉を混ぜて丹念に艶出しをして仕上げます。
鏡面のように研ぎ澄まされた漆地に漆工の至芸が見られます。

木曽平沢の「URUSHI」の生い立ち

木曽漆器の始まりは、今から約600年前にさかのぼります。木曽平沢は、慶長3年(1598年)に奈良井川の左岸にあった道が右岸に付け替えられたことを契機に、周辺の山村付近に生活していた人々がその道沿いに居住することで、集落が形成されていったと言われています。

この道は、古代・中世では「古蘇路」や「木曽路」などと言われていましたが、徳川幕府により慶長7年(1602年)の中仙道の一部として整備されました。

このようにして成立した「木曽平沢」には、江戸時代初期に楢川村平沢(当時は奈良井村平沢)地域で漆塗りが行われていた家があったと伝えられており、檜材を加工して得られる薄板、いわゆるヘギを利用してメンパ(弁当箱)などを作る「曲物」産業が徐々に盛んになっていくようになりました。

木曽漆器のこれから

木曽の豊かな天然良材を活かして作られる木曽漆器。
木曽の長い歴史の中で、「木曽堆朱」「塗り分け呂色塗」「木曽春慶」などの代表的な技法が生まれ、多くの名品が作られました。昭和50年(1975年)には、木曽平沢を中心として国の第一次指定「伝統的工芸品指定産地」となり、日本を代表する漆器の名産地として発展していきました。

ページの先頭に戻る